俺と「殺人者の記憶法:新しい記憶」

 「殺人者の記憶法」(以下、オリジナル)と「殺人者の記憶法:新しい記憶」(以下、新しい記憶)見てきました。ここ数年の韓国映画よろしく一筋縄ではいかない内容ながら、笑いあり、親子の絆ありと非常にエンタメとして完成度高い作品だと感じたので、そりゃ新しい記憶の方も見に行きますわなと。その新しい記憶の方はオリジナルが118分なのに対して128分と、10分時間が延びていますが、オリジナルに10分追加という感じではなくて序盤のあのシーン(後述します)やこのシーンがカットされていて、オリジナルとはちょっと違った印象の作品になるように意図的な追加・編集したところが見て取れる作品でした。
 映画としてはオリジナルの方が全然好きで、新しい記憶の方はオリジナルで不明だった部分の真相が明らかに…!というよりも、英題のサブタイトルにあるアナザーストーリーという内容が非常にしっくりくる作品になっているように感じましたが、せっかく両作とも見たということで、思い出せる範囲のオリジナル版との違いを中心にまとめた、見れない人も安心(かもしれない)の思いっきりネタバレした感想です。(ちなみに中盤でちょっと記憶が飛んでしまったけど、ソコに多分変更点はないはず…。)

・物語の導入
 オリジナル版ではトンネル出たところで彼が回想をし始めて→警察署のシーンにという展開ですが、新しい記憶では逮捕後に精神病院で検事の取り調べを受けているシーンが挿入されて、新キャラである検事からの追及で主人公ビョンスが過去を回想していくという流れで物語が始まります。つまり、ここで彼が既に殺人犯だということが明らかになっている結末が明示されているので、オリジナルを見た人向けの回想劇(見た人=検事と置き換えても良いかもしれません)と言っても良い作品でだと思ったので、当たり前ですがオリジナル未見の人にはちょっとおススメできない作品だと思いました。

・ビョンスとウンヒ
 物語として一番大きな変更があったと感じるのがビョンスとその娘ウンヒの関係で、この二人の絆を示唆するシーンが新しい記憶の方ではかなりカットされています。特に印象的だったのは、何故ビョンスがレコーダーを使っているのかということを示すシーンや、ウンヒが父に肉まんを差し入れに行くシーンなど、序盤で特に印象的なシーンがカットされているので、オリジナルと違って家族の絆を忘れまいと病と殺人鬼と戦う父親という印象は受けない感じになっています。この他にも中盤以降でもビョンスとウンヒの絆を示す内容は細かくカットされているので、それがラストの結末の違いに響いてくるように感じましたね。

・ミン・テジュの仕事
 オリジナルでは警察官としてのイメージが非常に薄いミン・テジュでしたが、新しい記憶では町の賭博場に乗り込み事件解決の一端を担うというシーンが追加されていて、このシーンの中では自分よりも大きな屈強な男を倒し、賭場に参加してた女性を暴力的に扱っています。
 オリジナルでは絆の強い父娘に突然現れた殺人鬼という役回りで、父と娘の絆が強いから彼が殺人鬼だという部分に説得力が非常に出る(明確な描写がほぼないのに!)のですが、新しい記憶でその部分をあえてカットしているために、彼の殺人犯としてのイメージに説得力を加えるためにこのシーンを追加したのかなという印象を受けたシーンでした。

・クライマックスの後
 とまあ、ここまではどちらかというと映画を見終わった後に忘れてしまうかもしれない小さな変更点でしたが,この作品がオリジナルと決定的に違うのは、森の家でのバトルが決着した後からの描写にあります。
 オリジナルでは、警察に逮捕された彼のその後の様子、アルツハイマーが進行しながらも家族に愛された彼の様子が描かれてハッピーエンド…と思いきや、え?となるラストを迎えます。ここでの重要なポイントは、ラスト迎えて彼のあの記憶が正しいものなのか彼の妄想だったのか明確な結論が与えられないため、見てるこちらは去年の韓国映画哭声/コクソン」を見た時のような不安定な気持ちに包まれるわけですが、新しい記憶ではその部分がかなり明確に描かれるのですよ。(だから個人的にはパラレルなストーリーだと思う訳ですが…)

・新しいラスト
 ということで思いっきりなネタバレになりますが、新しいラストではこの小さな街で起こった全ての殺人事件はキム・ビョンスの仕業だという風に明確に描かれます。20代の女性連続殺人事件も、詩の教室でビョンスに近づいてきたあの女性の死も、そしてなんと親友だったオ・ダルス演じるアン・ビョンマン警察署長の死さえも彼の仕業なのです。
 特に印象的なのは、クライマックスの殺人鬼ミン・テジュの頭が…となっているシーンも実はビョンスの妄想で、アルツハイマーが進んだ彼の頭部レントゲン写真が全く同じ形をしていたという新たに示される事実でして、これらが明確に描かれることで、オリジナルとは180度異なるイメージ、恐るべき殺人犯キム・ビョンスの姿が浮き上がってくるのです。
 そのために、オリジナル版であったウンヒが病院へお見舞いするシーンも無かったことになっており、逆にウンヒは衝撃的な事件の内容を目撃してしまったために、何も語れない失語症になってしまったということが検事の口から語られます。あと、ミン・テジュは普通にイイ人でかわいそうな事件の被害者の一人というオチでした。

・空白の時間
 オリジナルでは、ビョンスのアルツハイマーの症状が進んだ空白の時間は、少々呆けた好々爺のおじいちゃんが現れるという描写が印象的なのですが、新しい記憶ではこの部分に大きな仕掛けがあったことを示唆している内容になっています。
 その内容は、ビョンスの記憶が薄れる空白の時間は殺人鬼の人格が現れるという設定で、だからこそ、彼はミン・テジュが殺人犯だというイメージに囚われてしまい(もしくは確信犯的にすり替えていて)自身の犯した犯罪を認識していないという描写を生んだのだと説明されるのです。ちなみに、その人格が現れる時にはある特徴が登場するという事も描かれて、映画のラストシーンである彼が冬の線路の上に佇む様子はその特徴が明示されているので、殺人鬼キム・ビョンスが再び起こすこれからの事件を予感させるという、オリジナルとは異なるうすら寒いラストに仕上がっています。

・描かれなかった事件
 さて、韓国映画といえば彼と言いたくなるぐらい様々なジャンルの映画にいいキャラクターとして出まくっているオ・ダルスですが、彼が演じるアン・ビョンマン署長がタバコをやめるきっかけとなったタバコ屋の看板娘の事件については、オリジナルでも新しい記憶でも明確に誰がその犯人だという描写はありません。しかし、新しい記憶では彼が過去の事件をフラッシュバックする際に、これまで描かれない事件が一瞬登場します。
 登場する事件は、暴力亭主→成金女性→浮浪児の酔いどれボス→???→詩の教室の派手なおばちゃんで、この???の部分が恐らくタバコ屋の娘なのではないかなと思いました。


 はい、ということで映画の中盤でちょっと記憶が飛んだり、一部記憶違いの内容もあるかもしれませんがオリジナルと新しい記憶の違いは大体こんな感じの内容でした。冒頭にも書いたように私的に映画としての評価はオリジナルの方が断然面白いと思っているのでオリジナルを強くおススメしますが、大部分の内容が変わっていないのにイメージが全く違う作品になっているので、オリジナルが気に入って違う結末も見たいという人向けの内容かなと。通常版じゃなくて豪華版にもう一枚このDVDがついてくるそんな感じの内容だと思いましたね。


 全くの余談ですが、中盤で出てくる詩の先生が「グッチ裕三っぽいな…」とオリジナル見てる時に思ったのですが、新しい記憶見るまではそのことを全く忘れていて、同じシーンで全く同じことをまた思ったので、実は私にも隠れた殺人者の人格があるのかもしれません。(顔面ヒクヒク)