俺と「2020年の映画」

映画のような出来事が現実に起きるなんて表現はこういう年に使うんだろうなという年だった2020年。とはいえ振り返ってみると緊急事態宣言が発令された4月7日にも映画館で映画(「ナイチンゲール」)を見ていたり、解除されたその週である5月30日にも映画(「暗数殺人」)を見ていたりと、コロナ渦はありつつも毎月映画を見ていた2020年。

とりあえず例年のごとく鑑賞本数から振り返ってみたいと思います。

 

 
・劇場鑑賞作品数
 新作映画:140本(2019年190本)
 その他映画:18本(2019年25本)
 計:158本(2019年215本)

 

昨年に比べて8割弱の鑑賞作品数となった今年。緊急事態宣言中の約2か月間は映画館自体がお休みだったり、ハリウッドの超大作が公開延期になったりしましたね。また、多くの映画祭がオンライン開催になったりして、例年参加してたイタリア映画祭やラテンビート映画祭もオンラインで開催されたということで、なかなかこれまでのような鑑賞がままならない感じになってきてますね。

ただ、そんな中でも印象的な映画も色々あったわけで、2020年に見た印象深い映画を見た順番に10本、例年通り紹介ましょう。(なお、記事を書いて時点で2021年ですが、今年=2020年として記事をお読みください。)

 

「ヘヴィ・トリップ 俺たち崖っぷち北欧メタル!」

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フィンランドの片田舎に暮らす“終末シンフォニック・トナカイ粉砕・反キリスト・戦争推進メタル”というとんでもないジャンルのメタルを標榜する主人公たち4人組のバンドが、隣国スウェーデンで行われるメタルフェスへの出場を目指すという本作。それまでメンバーの家の地下で練習ばかりしていて、ろくにライブしたこともないという若者が苦難の旅路を経てメタルフェスに出場するというストーリーだけで100万点という作品ですね。

自分を構成する要素をどんどん因数分解していったら何が残るということを考えたときに、多分最後に残るのは映画よりも音楽…ヘヴィメタルだなと思うわけで、本作からもそんな私も納得、ビンビンのメタル愛を感じた最高の2020年映画初めの作品でしたね。

 

「パラサイト・半地下の家族」

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アジア映画として初めてアカデミー作品賞を受賞した本作。そんな賞レース的な栄誉だけでなく、映画としての出来も間違いなく2020年を代表する作品でした。

ソン・ガンホ演じる親父をはじめとしたキム一家のキャラクターの濃さや、彼らが潜り込むのパク社長一家との対比、予想外のところから現れたキャラがストーリーをさらに展開していく先が見えないストーリー展開や韓国社会の格差、家父長制といったテーマ性も盛り込まれて非常に見ごたえある作品でしたが、特に上記画像のような舞台となった屋敷が生み出す様々なカットが印象的で素晴らしかったです。

本作で名実ともに世界を代表する監督となったポン・ジュノの次回作が非常に楽しみですね。

 

「テルアビブ・オン・ファイア」

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パレスチナ人の脚本家(見習い)とパレスチナイスラエルの境界を管理する検問所の主任との関係を描いた本作。地中海の伝統料理であるフムスを食べたいと脚本家の青年に依頼したり、パレスチナのTV局が制作するメロドラマ(本作のタイトルと同じ)をイスラエル人の主任の家族一家が熱心に視聴したりと、日本人からだと互いを憎しみ合うみたいなイメージが強い断絶を感じる両者の関係ですが、パレスチナイスラエル人の監督が描いた本作はそんな関係性にちょっと違った光を当てるユーモラスな作品でした。

フムスだけの関係だったはずがドラマの脚本について軍人の主任アイデアが出したことでどんどんとドラマが…というド直球のフィクション展開ですが、イタリア映画の「いつだってやめられる」シリーズを思い起こすようなユーモアある作風がとても良かったですね。

もちろん、現実はそんなに甘くないことは重々承知ですが、そんな厳しいテーマをユーモアに変える監督の力量に一縷の光を感じた作品でした。

(ちなみにここまでが緊急事態宣言前の作品)

 

「グッド・ワイフ」

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1982年のメキシコを舞台に、富裕層の主人公をはじめとした仲良し女性グループが経済危機の影響によりその関係性に綻びが生じていくというメキシコ人女性監督の作品です。

まず印象に残るのが画像のシーンのような超高級デパートのブティックでドレスを買ったり、アクセサリーを買ったり、凄そうなエステに通ったり…という、パラサイトのパク社長一家もびっくりなゴージャスな生活でして、「ファントム・スレット」のオートクチュールを買うような人はこんな人種なんだろうなと感じたりしましたね。また、そのゴージャスなデパートのシーンをはじめとした画面の作り方は、ポン・ジュノやPTAに負けず劣らずの一枚絵になりそうなインパクトがあったりする作品でした。

ちなみに、「パラサイト」との類似点でいえば、両作ともにお屋敷がまたまた印象的だったり、富裕層がパーティ好きすぎだろうと思ったりと、奇妙な類似性を感じた作品でしたが、本作の物語は一人の女性の物語として絶妙に余韻を残すラストになっていて、こちらはこちらで非常に良かったですね。

 

「マルモイ ことばあつめ」

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今年のアカデミー作品賞を「パラサイト」が取ったことは映画ファンにとって意外ではなく納得で迎えられるような出来事だと思うのですが、それぐらいにここ数年公開される韓国映画のクオリティはどれも高くて、良かった映画を10本選ぼうと思うと数本選んでしまうわけで、「「タクシー運転手 約束は海を越えて」の脚本家オム・ユナが初監督を務めた本作も、韓国映画のクオリティを感じさせる納得の作品でした。

第二次大戦中の日本が植民地支配をしていた時代の韓国を舞台にした本作は、日本支配下の理不尽さという印象よりも「タクシー運転手」や最近だと「1987、ある闘いの真実」と同じく市井の人と国家権力という対峙がメインに描かれている作品で、上記の作品に連なる系譜と今の時代に通じる普遍性を持った作品だと思いましたね。

特に、上記2作にも出演している本作の主役ユ・ヘジンが素晴らしくて、一見するとコメディリリーフのような存在だけど、実は映画の主題を体現したような芯を持った存在というキャラクターは、まさに彼が演じてくれて良かったなと思うハマり役でした。

 

「ドロステのはてで僕ら」

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京都で活躍する劇団ヨーロッパ企画の初長編作で藤子不二雄的な時間SF(すこしふしぎ)な映画。ヨーロッパ企画が関係する映画は「前田建設ファンタジー営業部」という作品も公開されていて、こっちは個人的に非常にグッとくるサラリーマンのお仕事映画だったのですが、ちょっとモデルになってる会社がやらかしたりしたしなので、キャストやスタッフなどを含めてよりヨーロッパ企画らしさが詰まってる本作を選出しました。

茶店のマスターをしている主人公カトウの家のテレビと喫茶店のテレビが2分の時差でつながるというSF設定の本作。初めに設定が説明されるだけで、観客の頭が??となっているのにドンドンドンドン情報が追加されるのですが、その情報の勢いにいい意味で流されてそのままクライマックスまでドーンとつながっていくという作品で、見終わった後はとにかく圧倒という感覚が残る作品でしたね。

今年公開された時間SFといえば「TENET」がありますが、向こうがものすごい予算やキャストを用意したSF超大作といった感じですが、その対極にあるようなミニマムなキャストと必死にケーブルをあれこれして長回すようなアナログな感じのある本作により一層の魅力を感じたのでした。

 

「エマ、愛の罠」

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映画を評価する際に主人公やテーマに共感したという点を私も評価基準の一つにしたりするんですが、たまに全く理解も共感もできないキャラクターが出てくるわけで、本作の主人公エマはその待った良く共感も理解もできない存在だったりします。ただ、彼女が理解や共感ができないから本作が面白くないかと言えば全く逆で、彼女が私如きの考える世界の枠に収まらないからこそ、この映画が面白いなと思うような映画でしたね。

何せ、主人公が火炎放射器でモノを燃やすなんてインパクトのあるシーンや、カッコいいダンスのシーンすら、この映画のラストで彼女のが目指す世界に比べたらインパクトが薄れるのだからね…。

 

「おもかげ」

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前述のエマがキャラクターとしての圧倒的な強さを感じたとしたら、本作の主役であるエレナにそこまで強烈なキャラクターとしての強さや存在感があるとしたらノーだけど、演技者としての圧倒的な存在感はエマを演じたマリアーナ・デイ・ジローラモと同等かそれ以上の凄みをエレナを演じたマルタ・ニエトから感じた作品でした。

離婚した元夫と旅行中に最愛の一人息子が失踪してしまうという悲劇を迎えた主人公のエレナ。上の画像はまさにそんなとんでもない状況にあるエレナなのですが、そんなエレナの十数年後を描くのがこの作品の本編で、同一人物とは思えないほどに魂の半分をどこかに置いてきたような女性を熱演している作品なのですが、もちろん物語はそうは簡単に展開せず…という作品です。

ちなみに、今年もかなり色々ダメ夫(元夫含む)が登場しましたが、個人的には本作に登場した元夫が出番は少ないながらも、かなりすごい勢いでダメ夫偏差値を高める発言行動を連発してたのが印象的でした。

 

「詩人の恋」

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30代半ばで妻の稼ぎで生計を立てている詩人という主人公テッキが、新しくできたドーナツショップで働いている青年のガンスンにひかれて…というおっさんと青年の恋愛ストーリーという触れ込みの本作ですが、このあらすじで我々がイメージするような甘酸っぱさとか切なさとかそういうのは一切ないから。むしろ本作で感じるのは人生のほろ苦さ、ままならなさ…etcという作品でしたね。

というか、恋愛という二人の特定の狭くて深い関係を描いた作品というよりも、我々がイメージする恋愛とはちょっと違う、ある意味人間同士の相互理解みたいな部分を描いた作品であり、自分が愛した人という存在(愛す側の持つある種偶像のようなイメージ)とその人自身が実は乖離した存在で、自分が愛した人の表面のような部分しかなぞることができないからこそ、人間は他人にひかれ続けるという点を感じさせる作品でしたね。そういう意味では個人的には「(500)日のサマー」と近い感触を持った作品でもありましたね。

あと、主人公の妻であるガンスンが非常に良いキャラで、彼女の持つ葛藤をもっと見たい、何なら彼女主人公で1本映画を作ってくれてもいい…と思わせてくれる存在でしたね。

 

「ハッピー・オールド・イヤー」

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本作も「詩人の恋」と同じく、「タイトルにハッピーって入ってるし、結構明るいノリの作品やろ!」なんて軽いイメージで見に行ったら、思いっきりボディブローをかまされたようなインパクトを残す作品で良かったですね。

ミニマリストにあこがれる若きデザイナーの主人公が実家の一室をミニマリストらしい事務所に改装するために整理を始めるというお話ですが、特にモノをため込む母と主人公との関係性とかは、実家にモノをため込んでるせいで常に母親から「あんたのモノ捨てるで」と帰省するたびに言われてる私にとっては、耳の痛いシーンでしたね。

まあ、そんな個人的などうでもいい話はともかく、モノを捨てる行為とそのモノが持つ過去との繋がりとの関係についての描写が予想以上にシビアで冷徹に描かれていて、実際のところ他人のためという体で自分を納得させるだけの行為なんていう風な描写には、バイオレンス映画で描かれる暴力シーン以上に背筋がぞくぞくするような感覚を覚えた作品でしたね。

 

という訳で、今年劇場公開された映画の中で10本印象に残った映画を選んでみました。

ちなみに、個人的にあまりハマらなかった映画は「ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー」と「マティアス&マキシム」あたりでしたね。両作品ともに私の価値観だったり感覚とのズレを感じて、うまい作品だと思うけどもハマらなかったなと思いましたね。まあ、それよりも全然ダメな作品もかなりあるのでワーストという訳ではないのですが…。

 

劇場公開された作品以外で印象に残った作品だと大阪アジアン映画祭で上映されて、なんと1月8日から劇場公開されるハズの「チャンシルさんには福多いね」がとても良かった。

我らがホン・サンス映画のプロデューサーを務めたキム・チョヒの監督デビュー作で、序盤の展開やいくつかの場面なんかからホン・サンス映画っぽい風味を醸し出してる作品ながらも、後半に行くに従って監督らしさが出てきた、監督の分身のように感じる主人公のチャンシルさんを応援したくなる非常に良い映画でした。

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とまあ例年通り2020年の映画を振り返ってみたわけですが、2019年の年末に思ってた2020年になったように、2021年はどうなるのか全く分からない訳ですが、自分の好きなことを気兼ねなくできるような年になればと思う次第です。

では!