俺と「TENET」

 クリストファー・ノーラン監督の最新作「TENET」見てきました。私の中でもかなり作品ごとの評価が乱高下する監督ですが、本作の印象は好き↔嫌いとか、面白い↔面白くないといったいつもの映画を見終わった後の第一印象とはちょっと違う、「頭を使いすぎた…」という感じの作品でしたね。

 とはいえ、本作のようなSF作品を見てる時はもちろんのこと、普通の映画を見てるときも程度の差はあるけども頭を使いながら見てるわけですが、本作の「頭を使った」という感覚はほかの映画を見たときに使っているのの部分とはちょっと違う、講義やテストを受けた感じの感覚に近い作品でしたね。

 ということで、今回は映画の内容というよりも、映画の構造的な部分で「TENET」を見てる時に「テスト」を受けている感覚になったのかということについて考えた、本作について多くの人が知りたいこと(本作のSF的な要素やストーリーの解説・考察)の役には立たないと、自身をもって断言できる内容です。

 

  中学や高校の数学や科学の教科書や参考書はあるテーマを説明するために以下のような形式を取ってることが多い。

①定義

②例題

③演習

 例えば本作でも名前が出てくるエントロピーなんかも、熱力学の第二法則からその定義を説明されて、そのことに関する例題でツールとしての使い方を学び、最終的には演習問題を解くことで理解を深めるといった感じだ。まあ、エントロピーはその概念が理解しにくいし、さらに熱力学を学んでいるとエンタルピーなんてよく似た用語も出てきて、もう頭がTENET状態ですよ!…なんて訳の分からないことを言いたくなるメンドクサイ用語なので、これ以上の掘り下げは墓穴を掘るだけなのでやめよう。

 

1.定義

 どうやら「TENET」の世界では我々の想定外の物理現象を意図的に起こすことができるらしい。一番はインパクトある事として「時間を逆行することができる」が挙げられて、その理由として「エントロピーが減少する」らしいし、「逆行してる時間の中では炎はすごく冷たい」らしい。あと、「因果関係が逆転」もするらしいぞ!

 こういう定義について、上映時間中にあれこれ考え始めるのは経験上余りよろしくない。前述の高校の授業とかでも定義についてメンドクサイ自己流の解釈をし始めると、大体授業は理解できなくなってくる(その割に現実世界では時間を逆行できない)し、試験とかでこういう定義を含めた数学問題を解くときに、私のような難癖付けるメンドクサイ輩はテストの時間は足りなくなるのがオチだ。だから、「TENET」の世界においても説明される定義について、「でも、炎が凄い寒いっていうけど、炎が熱いのは燃焼反応で反応熱が発生するからで、逆行しても最終的には燃焼が反応が起きる前に収束していくだけなのでは?あと、反応熱が逆転していく現象という仮定に立つとすれば、主人公が運転してた車がガソリン車だったら運動エネルギーに変化していなかった放熱がマイナスになっていって直ぐに氷の棺桶になるでは?」とか定義に喧嘩を売るようなことを見てる最中に考えだしてはいけない。定義は定義であくまで定義なのだから。

 まあ、大体の定義は授業を受けているときに?となるし、「TENET」で偉い科学者やニールから説明される定義も?となるのは当たり前だ。何せ実感がないのだから。という訳で、その定義の訳わからなさを実感のあるものに変えるのが次の例題ということになる。

 

2.例題

 上述のように、定義をあっさり理解できたら例題なんて不要な訳だが、初見で大体エンタルピーとエントロピーの違いなんて聞かれても、凡人には「アイスクリームとアイスキャンデーの違いみたいなもんですかね…」なんて上手いことを言ったつもりになるぐらいが関の山。ということで、定義の内容を分かりやすく理解させるため…というのは建前で、殆どが問題の解法(ツール)として定義をどう使うかという形で、簡単な問題を例にして”解説”するのが例題な訳だ。

 で、「TENET」だと高速道路のシーンや飛行場のシーンが言ってみれば例題みたいな役割を果たしてるということになる。映画内のちょっと前に起きたシーンを例にしながら、時間を逆流するとどういうことが起きていたか、あとその時に気になった変なことが実は…的な部分も含めて、自分で作った定義の意味を自分で解説する男。それがクリストファー・ノーラン

 とはいえ、映画に限らず物語に重要となるルールを開設するのはよくある手法だが、個人的な印象でいうと本作の2/3…、いや8割程度はこの定義と例題について割かれていた(それは時間配分であったり、シーンとしてのインパクトだったりという意味で)のでは…と感じさせるモノだったな。仮に「TENET」というテストの解説を書くなら、「問題文の半分以上を占める出題者渾身の時間の逆行という概念の定義からは、出題者のドヤ顔が思い浮かぶような強烈な印象を残した」なんて内容を書きたいと思う。

 

3.演習

 という訳で、ノーラン監督からは「ここまで懇切丁寧に解説したから、当然理解したよね!」と言わんばかりに、それまでの内容からいきなり飛躍した演出問題という名のクライマックスシーンが出題される流れになっている。例題で説明されたシーンはあくまでも見てる側も一度共有しているという前提があるが、演習問題はそんなことは前提は無し。さらに私がその情報が咀嚼する前に矢継ぎ早に繰り出されていく情報と、すごい賢い先生が「大丈夫、大丈夫。定義が分かってたら簡単に解けるから。」なんて言って出された演習問題が実は東大の入試問題だったみたいな…。そんな感覚でクライマックスのあのシーンを見ていたとしたら、そりゃ、頭使いすぎるわな…。

 あと、映画を見ていたはずなのに、なんか残り時間が無くなってくる中、必死でマークシートを塗ったり、とりあえずなんか書いておけ!の思想でなんか書いていたあまり思い出したくないウン十年前の苦い思い出が込み上げてきたりしましたね。

 

 

 ということで、映画見たという感じよりも試験問題を解いてた感じの方が近い鑑賞後の感覚だった本作。世間では復習のために複数回鑑賞するなんて人もいるようですが、予習や復習が嫌いだった不真面目な生徒の私としては、当分再テストは受けなくてもいいかなと思う映画でしたね。