俺と2019年下半期の映画
2019年の12月の初頭のある晴れた寒い日。
「これでよしっ…と」
「あれ、トニー何してるの?」
「やあ、フィル。ちょっと張り紙をね。」
「なになに…”本年の営業は終了しました。来年の営業開始日は未定です。”ってこれどういうことよ!」
「えっ、書いてある通りだよ。」
「いや、それは分かるんだけど、まだ12月になったばっかりなのに今年の営業が終わるって早すぎない?」
「ああ、いや今年はもういい映画を見終わった感があったので、もう本業の方は店じまいでいいかなと。」
「本業?」
「いや、映画鑑賞が本業で仕事は片手間でやってるから…。」
「おっ、おう…。いやしかし、映画の方もまだ1ヶ月くらいはあるから店じまいするにはちょっと早すぎるのでは?」
「まあ、下半期はもうベスト10くらい選べる作品は見たし、こっから先はサッカーでいえばロスタイム、プロ野球でいえば消化試合、仕事でいえば開店休業といった感じだからね。」
「下半期だけでも1/6残ってて消化試合とか、暗黒時代の〇〇じゃあるまいし...。とはいえ、じゃあそこまで言うならそのベスト10を聞かせてもらおうじゃないの。」
「じゃあ、まずは鑑賞回数からね。(19/12/1現在)」
・新作:85作品(86回)
・旧作など:5作品
「え?、実質五か月って150日ほどしかないんですけど、2日に1回は映画見てる計算になってるんですが…。」
「まあ、こっちが本業だからしょうがないよね。じゃあ、下半期に見た映画で良かった作品10選を見た順で紹介するよ。」
・COLD WAR あの歌、2つの心
「モノクロの作品なんだね。結構難しそうな感じがするけど…どこの映画なの?」
「これはポーランド映画だね。第二次大戦が終わった直後から冷戦下で翻弄された二人の男女を描いた作品だよ。」
「そう聞くとさらにハードル高そうだし、結構長い作品なんじゃないの?」
「ところがどっこい上映時間は何とたったの88分!しかも、冒頭10分ぐらいは謎のポーランド民謡を集めるシーンとかなので、物語が動き始めると実質1時間程度と非常にコンパクトなんだよ。」
「へー、でも歴史ものは難しい気がするけど...。」
「と思わせつつ、ホントにシンプルな男女、画像でうっすら映ってるぼやけた男とマイクの前で決めてる彼女の恋物語だから!で、一つ一つのシーンが絵画を思わせるようなきっちりした構図に収まっていてカッコいいんだよ!そして何より大事なのが…オヨヨ~♪」
「どうした?気でも触れたのか?」
「いや、もうこれは見たらわかるとしか言えない…オヨヨ~♪」
・さよなら、退屈なレオニー
「これはどっちが主人公なの?」
「右の少女が主人公のレオニーで、まあ単純に言うと青春映画だよ。ちなみに、10選のうち後3本くらいが青春映画だからな!」
「どんだけ青春映画好きなんだよ!」
「この作品はカナダ映画で、残りはアメリカ、インド、日本とそれぞれ国も立場も違う作品だからね。」
「君が青春映画が大好きなのは良く分かったから。で、どういう部分が良いのこの作品は?」
「空気。あと、RUSH」
「…OK。順を追って説明してもらおうか。」
「いやね、青春映画…というか僕らの青春だって大した出来事が起きたわけでもない、ある日常の積み重ねだったように、青春映画は多くの人の印象に残るようなコレと言った事件や出来事が起きるわけじゃないのに、でもどこかで過去のあの頃を思い出すような、そんな空気感が良いんだよね。で、本作でも主人公のレオニーの…」
「OK。長くなりそうなんで、RUSHについて説明してもらおうか。」
「カナダを代表する3人編成のロックバンドで、40年以上同一メンバーで活動を続けるカナダいや…ロック界の生ける伝説のバンドさ。」
「で、それが本作とどう関係する訳?」
「ダイナーでレオニーが出会った左の男スティーブにレオニーはギターを習いに行くんだけど、このスティーブがロック…というかメタル少年もといオッサンで、ラッシュの名曲「The Sprit of Radio」をエアプレイするときに、自分の持ち楽器のギターじゃなくてエアドラムをプレイするんだよ!そこがもうRUSHリスペクトしかなくて最高!!!」
・工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男
「いいよね、ファン・ジョンミン。すごくいい。」
「いや、誰…というかどっちがファン・ジョンミンなんだよ!」
「フィルも大分わかってきたようだね。左側のピントあってる方がファン・ジョンミンで、ピントが合ってない方がイ・ソンミンな。」
「なんというか普通のおっさんぽい人だね。」
「スパイは目立っちゃだめだからね。北朝鮮に潜入するという韓国政府からの命を受けた人がファン・ジョンミンで、そのファン・ジョンミンと対峙する北朝鮮側の要人がイ・ソンミンなんだけど、この二人のやり取りの中にある虚実織り交ぜた感じたまらないんだよね。」
「へー、結構普通の映画紹介もできるんだね。」
「失礼な!ちなみに、この二人数年前に公開された”華麗なるリベンジ”という作品でも共演していて、その作品でははめられた男とはめた男という立ち位置なので、それを踏まえて本作を見てみるとまた味わい深い感じになるよ!」
・ドッグマン
「いいよね、イタリア映画。すごくいい。」
「前と出だしが同じだよね。で、そんなイタリア映画だけどどこがいいの?」
「主人公は右の小さいオッサンで悪友が左のでっかいオッサンなんだけど、一言でいうと大人になった悪いジャイアンとのび太みたいな関係なんだよね。普通に生活してるかと思いきや、二人で盗みなんかに手を染めたりして、のび太もまんざらでもない感じなんだよね。」
「それは結構リアルで重い感じだね…。」
「で、さらにやばいのがジャイアンの方で、とにかく暴力的だし、でかいバイクは乗り回すし、でも母ちゃんには弱いし、お前どんだけジャイアンなんだよ!イタリアなのに!!って感じですね。」
「ほうほう。つまりリアルドラえもん度が高いからよかったと?」
「いや、モチロンそれもそうなんだけど、この映画をラストまで見ると、そんなリアルさを目の前で感じてたはずなのに、それがフィクションだということに気づいてしまう不思議な気持ちになるんだよね。上半期に見た”幸福なラザロ”と同じく、現代の寓話と呼べるのはこんな作品たちなのかなと思ってるんだよね。」
「リアルジャイアンとか言ってた奴とは思えないまじめな感想だな!」
・ブラインドスポッティング
「これな、オバマ前大統領が絶賛してたから。」
「へー。でも、それ君の評価じゃないよね。」
「バレたか。いや、いい映画ってあんまり先入観なく見てほしいから、何がいいって説明するのがなかなか難しいなと思ってね。」
「それで考えたのがオバマも絶賛!ってチラシまんまのセリフってこと?」
「流石にそれだけじゃマズいな…と思ってたけど、核心に触れたくないからあとはキャラの紹介とか舞台の紹介とかタラタラ書き連ねるしかないから、やっぱりオバマ前大統領も私も絶賛ということでぜひ見てください!」
・エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ
「アメリカの青春映画です。」
「来たな、君が大好きな青春映画!」
「主人公は日本でいうところの中学3年生の女の子で写真の左側の彼女だよ。で、学校では”最も無口で賞”なんて全くうれしくない賞を貰ったり、行きたくもないパーティに行かされては誰とも仲良くできずに浮いてたり…」
「ちょっと、待って…。色々心当たりがあって胸が痛い…。」
「そんなケイラに共感する作品でもあるけど、それ以上に人生の半分以上がケイラ時代以降になってしまった私としてはケイラの父親になった気分で映画を見てしまうんだよね。」
「僕も君も娘はおろか結婚もしてないけど、話聞いてるだけでなんかグッと来てしまったよ…。」
「ちなみに、会社の人にこの作品をススメて親子で見に行ったらしいけど、娘さんの方は『別に…』って感じだったらしいよ。」
「マジか!まあ、僕らみたいな人生を送ってた大人の方がグッとくる映画な気もするね。」
「そうそう、過去を冷静に振り返ってみるって意味でも青春映画って良いもんなんだよね。じゃあ、みんなもポジティブに頑張ろうね。グッチ~♪」
「何だそのフレーズ…」
・ボーダー 二つの世界
「今気づいたけど、紹介画像で人物が二人ってのが多くない?」
「そこに気づくとは流石フィルだね。ちなみに本作の重要人物が上の二人で、右が主人公のティーナです。」
「へー。で、どんな話なんだい?」
「スマン。これもブラインドスポッティング同様完全ネタバレNGの作品なんだよ。ドッグマンよろしく犬が出てくるくらいしか情報は出せないんだよね。」
「オバマ大統領は絶賛してない(と思う)分、紹介する内容がさらに薄くなってる気がするな…」
「ちなみに、”ボーダー 二つの世界”っていうのは邦題で、この邦題は今年の中でもピカイチの邦題だと思うぐらい良かった作品だったよ!」
「邦題に触れるくらいしかないっていうくらいネタバレNGってことは伝わって来たよ!」
・ガリーボーイ
「インドの青春&音楽映画です。」
「青春映画が大好きなのはわかったけど、音楽映画で良かったってことは君の好きなロックかメタル系の音楽が題材なのかね?」
「ところがどっこい主人公はラッパーを目指す青年だったりするんだよね。」
「なんかインドでラッパーって意外だなあ。」
「そんなメタル耳の私でも素直にカッコいい!と思える音楽シーンが満載の作品で、音楽のジャンル好み以上にシーンと音楽の合っている感が大事だと感じたね。」
「そういえば、インドなのに女性はヒジャブをつけてるっぽいけど、ヒンドゥー教徒じゃなくてイスラム系が主人公なの?」
「そうそう、左の主人公も右のヒロインもムスリムなんだよね。ちなみに本年公開された”シークレットスーパースター”という作品もムスリムの家庭で育った少女が、音楽でスターになっていくことで、知らないうちにひかれていたレールを自分の力で変えようとする作品なんだよね。」
「へー、そう聞くと結構社会派っぽい作品でもあるのか。」
「日本以上に格差や身分制度の名残みたいなの、さらには男尊女卑的な風習はどちらの作品でもクローズアップされてたね。こういうシンプルなサクセスストーリーに社会派の視点をしっかり混ぜてくるのは、結構グッとくるポイントでもあるんだよね。ちなみにタイトルにもある”ガリーボーイ”は路地裏の青年という意味で、彼がスラム生まれってことを表してるんだけど、スラムのガキから(ラップで)王になれ!ってことですよ!」
「なぜここでキングアーサーネタをブッコんで来た…」
・8番目の男
「おっ、ついに二人縛りじゃないぞ!」
「韓国で2008年に裁判に陪審制が導入されて、その初の事例となった裁判で陪審員に選ばれた8人を描いた映画です。」
「あれ?でも、この画像だと7人しかいなくない?」
「後の一人は、韓国映画で良く見る例のあの人です。」
「誰だよ!」
「工作では北朝鮮側の人として登場して政府の役人なのに抜けたところもあるなと思えば、国家が破産する日では韓国政府の代表として流暢な映画でIMFとやり取りし、8番目の男では陪審員の一人として登場する。その名もキム・ホンパ!」
「いや…だから誰よ!」
「えー、韓国映画よく見てる人なら”あーあの人ねー”ってドッカンドッカン来てるところですよ。映画本編の方は裁判映画らしくバラバラだった陪審員の心が徐々に変化していく王道の展開や、見てるこちらも噴き出してしまいそうなコミカルなシーンもあり、そして終盤には思わずウルっと来てしまうシーンもある良い映画ですよ。」
「何故、初めからそういうまじめな説明をしない…。」
「あと、上半期でリバイバル上映された”ペパーミントキャンディー”や”オアシス”で強烈なインパクト(とくに後者)を残したムン・ソリが映画をキッチリ締める重厚な存在の裁判官役だったのも良かったですね。」
「そうそう、そういう映画をいっぱい見てきた感のある説明とかを待ってたんだよ。」
「で、こんな感じで韓国映画をいっぱい見ると、さっきのキム・ホンパネタが良くわかるのでみんな韓国映画を見よう!」
・殺さない彼と死なない彼女
「日本の映画です。」
「で、青春映画なんだろ。」
「です。」
「…いや、他になんかないのかよ!」
「…素晴らしい映画なんで見てください…。」
「もしかして、これもネタバレしちゃダメな系の映画か?」
「そうなんですよ…。」
「じゃあ、しょうがな…」
「”ももいろそらを”や”ぼんとリンちゃん”の小林啓一監督&脚本の最新作で漫画原作なので、キャピ子や地味子なんてキャラクターの名前やあざとすぎるキャラ付けに序盤は面食らうかもしれませんが、監督の流石の日常描写力に徐々にその世界感に没入してしまって、最終的にそのクセの強さすら愛おしいという作品です。主要なキャラは三組の高校生なんですが、どの日常も甲乙つけがたい味があってもっとこの世界観に浸っていたいのですが、個人的には神社のシーンが秀逸すぎて映画見ていて脳の中からヤバい成分が久々に分泌されてるなと思った訳ですが、それ以外にも田んぼのシーンとかもいいし、いやショッピングモールでアイス食べるシーンやイカ焼き食べるシーン、でも廊下のシーンも最高やしな。ヤバいこのままだと全部ネタバレしそうな勢いになるので、誰か止めてほしい。そんな作品です。」
「おっ、おう…。」
「ということは、この十本と上半期の十本から年間ベストが決まるわけ?」
「いや、そうとは限らない…。」
「あー、見終わった直後はそうでもなかったけど、後々じわじわ来る映画とかもあるもんな。」
「それもあるけど、それだけじゃない。」
「じゃあどういうわけよ!」
「年間ベスト出すなら12月ラストまで見たうえで考えないとな…」
「…(いや、もうロスタイムみたいなもんって言ってたし、下半期ベストとは!)」