俺と「イット・カムズ・アット・ナイト」

最近A24のホラー映画「A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー」「へレディタリー/継承」「イット・カムズ・アット・ナイト」を立て続けに見てどれもなかなか印象的だったのですが、特に「イット・カムズ・アット・ナイト」が終わった後にじわじわと味わいが増していく作品でとても良かったという話を、この下につらつらとネタバレ(「ヘレディタリー」や「クワイエット・プレイス」を含む)込みで思ったことを書いときます。


世界中で謎の病原菌が蔓延する中、感染を防ぐために人里離れた森の中で家族と暮らすポール(ジョエル・エドガートン)は、病気が発症してしまった自身の義父を手にかけてまで必死に感染から自身と家族を守ろうとする日々を送っていた。
そんなある日、ポールは自身の家に押し入ろうとした男、トラヴィスを捕まえます、様々なやり取りを経て彼と彼の家族が感染していないと分かったポールは、共に暮らし始めるのだが…。

物語のあらすじはこんな感じで、まさに終末モノのド直球といった世界観の映画ですが、人間関係は主人公ポール一家とトラヴィス一家のみに近い非常に小さな世界でのお話なので、本年に公開された「クワイエット・プレイス」なんかを思い起こしそうな内容でもありましたが、向こうは異星人侵略モノをベースに置いて恐怖となる対象が分かりやすい一方で、こちらは”ソレ”が見えないこととミニマムな世界観が相まって、怖さがわかりにくい=ホラー映画として退屈という側面もあるというのは事実で、実際私も上映中少しウトウトしてしまったりしたのでした。
ただ、「よく考えると宇宙人よりも怖いのは釘だよな!」と言いたくなるような少々強引な展開が持ち味の「クワイエット・プレイス」の怖さや緊張感は慣れて薄れていくのに対して、「イット・カムズ・アット・ナイト」は退屈だった見えないソレの怖さよりも別の怖さが後味として残っていく作品でとても良いのですよ。

ちょっと話題はずれますが、今年みたA24の映画である「A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー」は不慮の事故を遂げた男が幽霊となって妻を見守るという話で、シーツ被っただけなある種古典的な幽霊の外見が非常に印象的な作品、「へレディタリー/継承」は家族の周りで起きる事故や怪奇現象の裏には一家の秘密が…という内容で、見終わった後に「ローズマリーの赤ちゃん」を強く思い起こす内容の作品でした。で、この「イット・カムズ・アット・ナイト」は終末観+立てこもり+小さな人間関係という三点から個人的には「ナイト・オブ・リビングデッド」のイメージが強い作品でした。こういう風に三作品ともある種の古典と言っていい作品や設定を取り入れた作品なのと、テーマとしてそれぞれ家族や恋人といった小さな人間関係が描かれるのが非常に印象に残る共通点でもありました。



話を「イット・カムズ〜」に戻すと、この映画でも...というよりもこの三作品の中でも群を抜いても言ってといいほどに、この映画での家族の描かれは印象的なのですよ。映画の主人公であるポールは”家族のために”というかなりハッキリした彼の中の正義にもとづいて行動しており、冒頭では病に感染してしまった自身の義父にすら手にかけてしまいます。ただ、これも病に罹っていない妻や息子のためであることは容易に想像できるし、そもそも彼らが人里離れた森の中で他人との関係を断って生きているのも家族を病原体に感染させないためだと思う。ただその一方で、彼らの家に入りこもうとしたトラヴィスを許し彼の家族と共同生活を始めるのも、トラヴィス一家と協力することでよりよい生活を送れるだろうという判断があったりして、単純な孤立主義者だというわけでもないのですな。ただ、物語は後半に起きる出来事をきっかけにいとも簡単に協力関係がくずれていき、「実は最も怖いのは病気よりも人間だったのだ!」的な、ある種終末モノ・ゾンビ映画のお約束な内容が提示されるのですが、それ以上に家族関係―というか自分と他者との線引き―の危うさが印象に残るのです。

その後、ポールは遂に自身の息子にすら手をかけてしまい、彼の妻と机を挟んで対峙したままこの物語に幕が下ります。彼の正義のよりどころであったはずの家族に手をかけてしまったという事実を映画のラストに持ってくるこの構成は、実は冒頭でも家族に手をかけていた事実と対になって強いインパクトを残します。
その衝撃は、冒頭のポールの行為にある種の正しさを感じていたハズの私の倫理観をも揺さぶり、大切だった家族や仲間が実はふとしたきっかけで大切じゃなくなってしまうという危うさを心に植え付ける非常にうすら寒いラストシーンであり、劇中のラストシーンの先にあるモノを容易に想像させてしまう印象的なラストシーンでした。

悪魔や幽霊、あと音を立てるとこちらを襲ってくる異星人はこの世界にいるかどうか私にはわからないけども、この映画で描かれた恐怖は私の生きるこの世界にも、何より私の中にもあるモノだなと実感できる映画でしたよ。